研究概要

 二十一世紀の現在,我々の人類社会は環境を保全しつつ経済成長を達成し且つそれを支えるエネルギーを安定供給しなければならないという非常に困難な課題に直面しています。その解決のためには教育や政策誘導などが重要な意味を持ちますが,それと同時にそれらの教育や政策誘導の結果を実現するための技術開発が重要となります。そのため湯上 / 井口研究室では限りある資源の有効利用,効率的なエネルギー変換に注目し,環境を保全しつつエネルギーを安定供給するため,日夜研究開発を行っています。研究内容は大きく二つに分かれており,一つ目は”熱ふく射制御によるエネルギーシステムの高効率化”であり,もう一つは”固体イオニクスに基づくエネルギー変換デバイスの開発”です。

熱ふく射制御によるエネルギーシステムの高効率化

 全ての物体は気体,液体,固体を問わずその物体の温度に基づく光(電磁波)を出していて,その電磁波のことを熱ふく射(放射)と言います。あまり日常では使われない言葉ですが,太陽からの光は太陽が持つ6000Kという非常に高い温度により放射された熱ふく射であり,我々の生活に非常に密接に関係しています。太陽以外でも溶鉱炉のように物体の温度が数百度を超えると人間の目にも見える熱ふく射が放射されます。
 熱ふく射が物体に降り注ぐと物体は固有の特性に従って光を吸収したり,反射したりします。その度合いが放射(吸収)率,透過率,反射率です。例えば夏場に黒い服を着るのと白い服を着るので暑さが違くなるのは黒い服の方が太陽の熱ふく射光を吸収しやすい(吸収率が高い)からです。同様に放射率の高い物体は,同じ温度でも放射率の低い物体に比べて多くの熱ふく射光を出すことができます。
 ところで太陽光(可視光)には紫外線,紫〜赤といった色々な光が含まれているのはよく知られています。これは熱ふく射が実は単色な光ではなく,さまざまな波長の光が集合していることを示しています。実際,太陽からの熱ふく射光で最も光が強いのは,波長0.5マイクロメートル付近で,その後赤外線領域に向けて徐々に強度が落ちていきます。同様にですが,物体の光に対する特性(光学特性)も光の波長により変わります。
 例えば,先ほどの黒い服の話ですが黒いのは可視光領域で吸収率が高いためで赤外線領域の吸収率の大小とは関係ないので赤外線領域の吸収率が低い服を作ってやれば黒い服だけど,白い服と同じように涼しく感じる服が作れるかもしれません。

 我々は上で説明した物体の光学特性,特に放射(吸収)率と反射率が持つ波長による変化の仕方(波長依存性)を様々な方法で制御し,波長選択性を持たせることで,熱ふく射に関係した様々なエネルギーシステムの高効率化を目指しています。物体の光学特性に波長選択性を持たせるために我々が良く用いているのは,金属表面に光の波長と同程度の周期的微細構造を構築することです。下図はタングステン単結晶基板上にマイクロマシン製造技術(MEMS技術)を用いて周期が1マイクロメートル以下の二次元周期構造を構築した例です。周期構造体(波長選択エミッタ)の周期が0.2〜0.8まで変わっていくと,それにつれて放射率の波長依存性が変化していくことがわかります。周期構造の大きさと放射率のピーク波長には一定の関係があるので,周期の大きさを変えてやることでさまざまなエネルギーシステムに適応した波長選択エミッタや熱ふく射吸収材料などを作製することができるようになります。


Page_top

固体イオニクスに基づくエネルギー変換デバイスの開発 

 生理食塩水やポカリスウェットはさまざまな種類のイオンを含んだ液体で,電解質と呼ばれます。固体イオニクスは固体でありながら電解質と同じようにイオンが移動することが可能なポリマー,ガラス,セラミックスに関する学問分野です。固体電解質には液体電解質と同じく,電場をかけたり,周辺の物質濃度が異なるとイオンが移動するという性質を持つため,化学エネルギーと電気エネルギーを相互に変換するエネルギー変換デバイスによく用いられています。固体電解質が用いられているエネルギー変換デバイスには各種ありますが,代表的な例としてポリマー電解質型燃料電池(PEFC),固体酸化物型燃料電池(SOFC)などの燃料電池や全固体型のリチウムイオン電池などがあります。

 我々は燃料電池,中でも機能性セラミックスを固体電解質として用いたSOFCに注目しています。SOFCは機能性セラミックスを電解質としており,イオンが移動するのに熱エネルギーが必要となるので,常温で作動可能なPEFCとは異なり作動温度が数百度以上と高く,自動車用などではなく,家庭用,中小規模発電所用として開発が進められてきました。2011年の冬には世界に先駆けてJX日鉱日石エネルギー家庭用のSOFCによるコジェネレーションシステムが一般発売されています。SOFCの他の発電方式に対する優位点は下に示すように単体での発電効率の高さと小規模でも効率が低下せずスケールメリットがないことです。そのため一般販売されているシステムでも発電効率45%(LHV)を達成していますし,温水供給として回収できる熱まで加えると総合熱効率は80%を超えます。

 現在のSOFCが抱えている課題は,価格や長期的な耐久性などです。特に耐久性については課題が多く,使用していくうちに徐々に性能が低下するのを防ぐ必要があります。我々はこの耐久性向上に向け,固体イオニクスと材料力学,破壊力学などの知識を組み合わせ日々研究に取り組んでいます。また,SOFCを元に携帯型電子機器用電源の開発なども行っています。

代表的な熱機関と燃料電池の効率と出力の関係



Page_top

熱ふく射制御

高効率電子デバイス冷却技術

 コンピュータの高速化,コンピュータネットワークの拡大に伴う電子情報機器の消費エネルギーは過去数十年で飛躍的に増大してきています。特にコンピュータの中枢部であるCPUの消費電力量の増加は著しいものです。例えば,20年前初期型のペンティアムが消費する電力は10W程度であったのが現在は10倍近く増加しています。そして消費電力の増加はそれら電子情報機器からの発熱量増加を引き起こしています。これらの電子情報機器の発熱量増加はその性能に重大な影響を与えるばかりか,大規模なデータセンターの冷却は大きな社会的問題ともなっています。我々はこの電子情報機器の中枢部であるCPUと一連の電子デバイスを高効率で冷却することが可能となる新たな冷却技術を熱放射スペクトル制御技術を用いて開発しています。

 概念図に示すように電子デバイスは周りをエポキシなどの高分子材料である樹脂でパッケージングされています。通常,電子デバイスからの発熱はその樹脂を介して熱伝導などにより外界に放出されますが,樹脂には赤外線領域で特に吸収率が低い窓が存在しています。我々は,電子デバイスからの熱放射スペクトルを熱放射スペクトル制御技術によりこの窓に合わせることで,電子デバイスからの発熱を樹脂を介さずに直接外界に放出することで冷却することを考え研究を行っています。



   

                    高効率電子デバイス冷却の概念図

  
 図にはエポキシ樹脂の吸収率と通常の熱放射スペクトル,熱放射スペクトルを示しています。通常の熱放射スペクトルでは樹脂の窓部分以外にも強い放射がありますので,熱放射の大部分は樹脂に吸収されてしまいます,それに対して波長制御された選択エミッタからの熱放射では窓部分のエネルギーが強く,それ以外のエネルギーが弱くなっていますので,熱放射の大部分は樹脂に吸収されず外界に放出されます。我々はこのような特性を持つ選択エミッタの設計,試作そして単純化モデルを用いた実証研究を行っています。
              

                                 熱放射スペクトルと樹脂の吸収率の関係



                                                                                                   Page_top

熱光起電力(TPV:Thermo photo voltaic)発電

 太陽電池(PV:Photo voltaic)セルに光が入射するとPVセルのバンドギャップに相当するエネルギーを持つ光が吸収され電力に変換されます。通常の太陽電池セルを用いた発電では入射させる光として太陽光を用いていますが,その代わりに加熱した物体からの熱放射を光として用いるのが熱光起電力発電になります。

         

                            TPV発電の概念図

 TPV発電は一般的になんらかの熱源を用いてエミッタと呼ばれる熱放射させる物体を加熱し,その熱放射光をPVセルに入射させます。熱源として工場のボイラーからの排熱,ガスバーナーの燃焼熱や集光した太陽光の熱を利用するなどさまざまな熱源を利用可能です,これがTPV発電の一つ目の長所となります。また,十分に加熱されたエミッタからPVセルへ入射される熱放射光の強度は太陽光の強度よりも非常に強いため,同じ発電出力を得るために必要なPVセルの面積を大きく減少させることが可能となり,PVセルもより高性能なものを用いることが可能となります。これがTPV発電の二つ目の長所です。このような長所をTPV発電は持っていますが,さらに,エミッタに熱放射スペクトルの制御技術を適用し,太陽電池セルが吸収する光を特に強く放射するようにした選択エミッタを用いることでTPV発電システムの効率を大きく改善できると我々は考えて研究を行っています。

             

                    選択エミッタによる高効率TPV発電の概念図


 我々はこれまで高効率な太陽電池セルであるInSbセルを対象に,このセルに最適な熱放射光を放出する選択エミッタの設計,試作そして検証を行っています。その結果,二次元矩形構造を持つ単結晶タングステンからなる選択エミッタが900℃以上の高温で安定に作動すること,またInSbセルの感度波長領域において0.8を超える高い放射率を示すことを明らかにしています。

    

             選択エミッタのSEM画像(左)と選択エミッタの放射率(右)


  そして試作した選択エミッタを用いたTPV発電システムとして熱源に太陽熱を利用したソーラーTPVシステム,ガスバーナーの燃焼熱を利用した2W級可搬型TPVシステムを試作し実証試験を行っています。

  

                    ソーラーTPV発電システム(左)と2W級可搬型TPV発電システム(右)


                                                                                                    Page_top


熱応答型省エネルギー窓ガラス

 一般家庭のエネルギー消費量は年々増加しており今では国内におけるエネルギー消費の?割を占めています。そしてそのエネルギーの多くは家屋の冷暖房のために消費されているため,家屋の冷暖房効率を改善する技術開発は非常に重要なものとなっています。家屋の冷暖房効率を改善するために重要な要素となるのが家屋からの熱の出入りに大きな役割を果たしている窓です。例えば,夏場には家屋内部へ外部から輸送される熱の実に7割以上が窓やドアなどの開口部を通り,冬場には家屋から外へ輸送される熱の6割が窓や開口部を通過しています。我々は窓ガラスに熱放射スペクトル制御技術を適用することで年間の冷暖房効率を向上させることが可能な省エネルギー窓ガラスを開発しています。

 夏場には太陽光が窓から屋内に入射することで屋内の温度が上昇します,そこで冷房効率を向上させるためには,まず概念図の高温状態で示しているように,太陽光を屋内に取り入れないことが重要となります。ただし全ての太陽光を取り入れなくしてしまいますと,鏡のように窓ガラスとしての機能がなくなりますので我々の目に捕らえることができる可視光だけは取り入れなければなりません。また,屋内の熱を屋外に向かって放出できるように該当する領域の赤外線を効率良く放出できる必要もあります。冬場はそれとは逆で,太陽光はできるだけたくさん屋内に取り入れ,屋内からの熱の放出をできるだけ防ぐ必要があります。さらに省エネルギー窓ガラスはこの二つの相反する特性が季節により自然と切り替わるものでなければなりません。

 
  

                   熱環境応答型省エネルギー窓ガラスの概念図 



 我々は夏場と冬場の20℃近い気温の違いに注目しました。現在までに様々な種類の酸化物が開発されています。その中には酸化バナジウムのように室温付近で相転移を引き起こし,それに伴い光学的な特性が大きく変わる酸化物が存在します。図に示したのは酸化バナジウム薄膜の紫外線から近赤外線領域の透過率の温度依存性ですが,薄膜の温度が28℃の時には赤外線領域の透過率が高く,薄膜の温度が上がると透過率が大きく減少する,すなわち反射率が高くなることがわかります。この酸化物を元に夏場の気温で相転移が起こる材料を開発し窓ガラスに用いれば夏場は太陽光の赤外線部分だけを屋内に取り入れず,冬場は全ての太陽光を屋内に取り入れ,かつ夏場と冬場で特性が切り替わる省エネルギー窓ガラスの開発が可能となります。この酸化バナジウム薄膜と熱放射スペクトル制御技術を組み合わせることで夏場と冬場で冷暖房効率を改善することができる熱環境応答型省エネルギー窓ガラスが開発できると我々は考え研究を行っています。   
         

                 酸化バナジウム薄膜透過率の温度依存性


 下に示すのが酸化バナジウムを元に38度付近で相転移が起こるようにした薄膜を使って試作した熱環境応答型省エネルギーガラスの外観とそのSEM画像になります。まだまだ大きさは小さく,エネルギーシステムとして評価するのは難しいのですが,大面積に効率よくこのような窓ガラスを作製するプロセスの研究なども行っております。
 

           

             試作した熱応答型省エネルギーガラスの外観(左)とSEM画像(右)


                                                      

Page_top

燃料電池

SOFC作動環境下における機械的特性の研究

 現在開発が進められているSOFCはいずれも作動温度が750℃以上と非常に高温です。そのため構成材料は主に電子やイオンが流れることが可能な機能性セラミックスとなります。セラミックスは基本的に脆性材料であり引張に対して非常に脆く,金属材料を用いた工業製品よりも設計を行う際に注意が必要となります。設計を適切に行うためには,SOFC作動環境における構成材料の機械的特性(ヤング率など)が明らかになっていることが重要です。主要な構成材料の高温における機械的特性はそれなりに明らかになっているのですが,図に示すように構成材料の多くは水素や改質ガスといった還元雰囲気にさらされます。実はこのような還元雰囲気で機械的特性を計測することはあまり行われていません。


                   

                                SOFC作動時における雰囲気変化


 しかし,高温における機械的特性には雰囲気の影響を強くうけるものがあります。図にはSOFCの電解質材料の一部として用いられている希土類であるイットリウムを添加したセリアのクリープ速度が示す雰囲気依存性を示してあります。これからわかるようにイットリウム添加セリアのクリープ速度は同じ温度でも雰囲気が大気から還元雰囲気になるにつれて増加し,酸素分圧が10^-13atm付近で極値を示し再度減少します。

          

           1100℃におけるイットリア添加セリアクリープ速度の雰囲気依存性


 このようにSOFCの設計を適切に行うためには,SOFC作動環境下における機械特性を正しく評価する必要があります。我々はそのためにSOFC作動環境下で様々な機械試験を行うことができるIn-situ4点曲げ試験装置を開発し,電解質材料,電極材料の機械特性について計測を行っています。

バリウムジルコネート系プロトン導電体の研究
 現在,固体酸化物型燃料電池の電解質には酸素イオン導電体であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ),スカンジア安定化ジルコニア(ScSZ),ストロンチウムとマグネシウムを添加したランタンガレート(LSGM)などがあります。機械的特性の研究で説明したようにSOFCの作動温度は現在750℃くらいです。その理由は電解質や電極の性能がある程度以上の温度にならないといけないからなのですが,耐久性や経済性を考えると作動温度は低い方が好ましいです。ただし,燃料に都市ガスを使う関係上あまり低すぎても改質がしにくくなります。そこで現在のSOFCの作動温度をより下げ700℃ 〜400℃の中低温領域で作動する中低温作動型SOFC(IT-SOFC)の研究開発が進められています。我々は酸素イオンの代わりに電解質内部をプロトンが移動するプロトン導電体に着目して研究を行っています。酸素イオンと比較するとプロトンは電荷の価数も小さく,大きさも小さいので伝導に要するエネルギーが少ないため中低温領域でも高いプロトン導電率を示します。下に各種固体電解質の導電率の温度依存性を示しますがペロブスカイト型プロトン導電体であるイットリウムを添加したバリウムジルコネート(BZY)の導電率は酸素イオン導電体が温度が下がると急激に低下するのに対して,それほど大きく低下しないことがわかると思います。


各種固体電解質の中低温領域における導電率

 このように電解質の性能だけを考えるとバリウムジルコネート系プロトン導電体は非常に有望な電解質材料だと言えます。ただ,この材料にも燃料電池として用いる前に解決しなければならない課題があるため,その解決に向けた様々な研究を行っています。

-課題-
 難焼結性材料であり焼結の度合いにより高い粒界抵抗を示す場合がある
 何焼結性材料であり現行のSOFC作製プロセスと両立性が悪い
 適切な燃料極,空気極材料が見つかっていない


マイクロSOFCの作製
 
  iphoneやipadに代表される携帯型電子機器の性能は近年特に向上しています。例えば2000年頃の携帯電話は通話や簡単なメールを打つ程度であったのが,現在のスマートフォンではテレビを見たり,録画したりネットも自由に見ることができます。そのような高性能の装置を動かすためには当然ですが大容量のバッテリーが必要となり,その容量の増加が大きな問題となっています。実際,ipadにおいては体積の多くを占めており,質量の20%程度はバッテリーによるものです。現行のバッテリーの多くにはリチウムイオン電池が使われています。その改良は現在も続けられていますが携帯型電子機器の性能向上はそれを上回る速度で起こっており,新しいバッテリーに対する要求は日々強くなっています。

 我々はSOFCをMEMS技術を用いて小型化し,デバイス化することでこの要求に答えようと研究開発を行っています。下に示しているのは起動用のマイクロヒータを組み込んだμSOFCです。このセルを一つの基板上にたくさんならばて並列接続し,所定の電力を得ようと考えています。


マイクロヒータを備えたμSOFC


                                                       

Page_top