熱光起電力(TPV)発電システム



TPV発電とは

 近年の太陽電池に代表される光電変換デバイスや高温耐熱材料の開発技術の進歩に伴ない、熱光起電力(Thermophotovoltaic;TPV)発電が新たな発電システムとして注目を集めています。

 TPV発電システムは、主として熱源、エミッタ、フィルタ、光電変換(PV)セルの4つの要素で構成されます。高温に加熱されたある種の固体素子(エミッタ)から出るふく射光を、フィルタリングしたのち光電変換セル(PVセル)に入射し、起電力を得るシステムです。PVセルに光を入射して起電力を得る点は従来の太陽電池発電と変わりませんが、太陽電池発電が太陽光のみを光源としていたのに対し、TPV発電ではより一般的に高温物体からでるふく射光全般を光源と考える点が異なります。熱源やエミッタ、温度など様々な点で自由度があるので、PVセルの感度領域とセルに入射するふく射光のスペクトルをうまく整合させることで、高効率な発電が期待できます。TPV発電の概念図を図1に示します。

図1 TPV発電の概念図

 TPV発電システムの特長としては、
@稼動部がない静的発電システムであること
A様々な種類の熱源で作動できること
Bスケールメリットがないこと
などがあります。したがって単体での利用はもちろんのこと、従来の熱機関に付加して発電効率を向上させたり、廃熱を利用したり、需要地近接型の小型分散発電や、熱と電力を両方を供給するコージェネレーションシステムとしての応用も期待できます。高効率TPV発電システム構築のための基礎研究や実証試験は欧米を中心に行われていますが、目下発展途上の段階です。


光電変換セル(太陽電池)の仕組み

 TPV発電では、熱エネルギーを光に変え、それを光電変換セル(PVセル)で受けて電力を得ます。ここでは、PVセルの動作原理について簡単に説明します。

 一般のPVセルは、半導体の光起電力効果をその原理としています。これを図2に示します。光起電力効果は、(a)光伝導効果と(b)ドリフト効果の二つの要素からなります。半導体に光が照射されると、電子や正孔がバンド間遷移またはバンド-準位間遷移によって伝導帯と荷電子帯に励起されます。これらの電子や正孔は自由キャリア(物質内を自由に動き回れる電荷を持った粒子)として振る舞うので導電率(電気の流れ易さ)が増加します。この状況下において内臓電界が存在すると、ドリフト効果が生じて生成キャリアが分極し起電力が発生します。図2は内臓電界をpn接合で作った場合を示しています。接合部付近で生じた電子−正孔対は、内蔵電界によって分極し、起電力が生じます。一方、接合部から離れたところで生じた電子ー正孔対は、分極できずに再結合してしまいます。従って、光起電力効果において重要なのは、電子−正孔対を生成できるエネルギーを持つ光が入射することと、電子−正孔対が生成する地点が接合部付近であることの2つです。逆に言えば、ちょうどよい波長の光でなければ起電力は発生しないことになります。

図2 光起電力効果の説明

 太陽光を受けて発電する場合、PVセルを太陽電池と呼びます。光起電力効果のための”ちょうどよい波長”は、材料となる半導体によって異なります。太陽電池材料として広く利用されているのはSi(シリコン)です。Siの場合、電子−正孔対を形成するためのエネルギーは波長1μmの光の持つエネルギーに対応しています。このような時、SiPVセルのバンドギャップは1μmである、と言います。光は波長が短いほど大きなエネルギーを持ちますから、SiPVセルでは、1μmより短い波長の光を入射しなければ電力は得られません。


選択エミッタの利用

 上にも述べたように、PVセルが起電力を発生するために利用できる光は、ある波長範囲に限られます。一方、太陽光をはじめ、一般の光源は様々な波長の光を混在した形で放射します。このような光をPVセルに入射しても、入射光の一部しか利用できず、発電効率は低くなってしまいます。

 TPV発電において、入力エネルギーの大部分をPVセルの感度領域の光に変換することができれば、高い発電効率が実現できます。その一つの方法として、選択エミッタの利用があります。選択エミッタの概念図を図3に示します。

図3 選択エミッタの概念

 図には、灰色体エミッタ(太陽やSiC(シリコンカーバイド)など)と選択エミッタのスペクトルがPVセルの感度領域と合わせて模式的に示してあります。選択エミッタは、PVセルの感度領域にのみ強い光を出すので、高効率に発電を行うことができます。選択エミッタを実現する方法としては、現在二つの方法が考えれられています。一つは、希土類元素と呼ばれる一連の元素群を用いる方法です。希土類元素は、その特殊な電子構造により、特定の波長の光を強く放射する性質を持っています。もう一つは、エミッタ表面に波長オーダーの微細な周期構造を作ってふく射スペクトルを制御する方法です。
 本研究室では、これら二つの方法を用いて選択ふく射性を持つエミッタを開発する研究を行っています。


希土類選択エミッタ

 TPV発電に都合の良い波長で発光する希土類元素としては、発光バンド中心が波長1.0μmのYb(イッテルビウム)、1.5μmのEr(エルビウム)、2.0μmのHo(ホルミウム)などがあり、多くの研究者によって研究が進められています。波長1.5μmに発光があるErは、1.3〜1.8μmに高い感度領域を持つGaSbPVセルと組み合わせることで波長整合が可能であり、高い発電効率が期待できます。

 希土類選択エミッタに関しては1990年頃から多くの論文が発表されており、現在も研究が進められています。例として、Al2O3/Er3Al5O12共晶材料のふく射強度(Emissive Power)スペクトルを図4に示します。

図4 Al2O3/Er3Al5O12共晶材料のふく射強度スペクトル

 図より、波長1.5μmを中心として選択ふく射が実現されていることが分かります。また、温度上昇とともに選択ふく射強度も向上しています。この材料は、他の酸化物単結晶やセラミックスに比べ、機械強度が高く熱衝撃にも強いので、高温にさらされるTPV発電用エミッタとして適しています。(研究成果(1)(2)


表面微細加工選択エミッタ(1)

 材料の光学特性を制御する手法の一つに、光の波長程度の周期的な微細構造と電磁場との共鳴効果を利用する方法があります。この技術は、高温領域でのふく射制御に利用できるため、白熱照明の高効率化や、熱光起電力(TPV)発電用の選択エミッタの開発への応用が期待されています。

 当研究室では、TPV発電用の表面微細加工選択エミッタを作製し、その性能を評価する研究を行っています。微細加工選択エミッタは、希土類選択エミッタに比べ、@周期や形状を制御することで最適なふく射スペクトル形状が得られる、A材料を自由に選べる、など優れた特長を持ちます。

 図5に、走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した微細加工選択エミッタのモデル試料を示します。この試料はSiの異方性エッチングを利用して作製したもので、表面に逆ピラミッド型の微小な穴が2次元的に配置されており、最表面にはPt薄膜をつけています。周期は近赤外用のPVセルに合わせ、1.5μm、2.0μmとしています。

図5 作製した微細加工選択エミッタのSEM写真(周期2.0μm)

 この試料を高温に加熱してふく射率(Emittance)スペクトルを測定した結果を図6に示します。微細加工を施していない試料(Flat)に比べ、短波長側でふく射率が増大しています。また、周期(d)に応じてふく射率のピークがシフトしており、その波長はおおよそ周期と一致しています。このことは、構造とふく射場の共鳴によってふく射特性の変化が生じていることを示唆しています。以上のように、表面の周期的微細加工によってTPV発電用選択エミッタが作製できます。現在、材料や周期・表面形状を変化させることで、より高性能な選択エミッタの開発を目指し研究を進めています。(研究成果(3)(5)(6)

図6 微細加工選択エミッタのふく射スペクトル


表面微細加工選択エミッタ(2)

 上の微細加工選択エミッタは半導体産業の基本材料であるSiを材料として作製しました。Siを使うと容易に微細構造が作製できる利点がありますが、反面、TPVの稼動温度では熱安定性に不安があります。そこで、高い融点を持つ金属であるタングステン(W)を基板材料とする選択エミッタを作製することにしました。Wは、高い熱安定性を持つだけでなく、可視から近赤外域で吸収を持っているので、TPV発電用の選択エミッタとして適した特性を持っています。

 まず、数値計算によって良好な選択放射特性が得られる表面構造を探索し、周期は1.0μmと決定しました。試料は、電子線描画によりパターンを描き、それを高速原子線エッチングでW基板に転写する、という方法で作製しました。作製した試料のSEM写真を図7に示します。先ほどのSiの場合とは異なって四角い穴が周期的に配列している様子が分かります。構造の周期は1.0μm、穴の深さは約0.8μmです。

図7 作製したタングステン微細加工選択エミッタのSEM写真 (a)上から (b)斜めから

 作製した試料の熱放射スペクトルを測定したところ、図8に示すように、近赤外域で放射率が増大している様子が分かります。本来この波長帯に吸収を持つWを用いたこと構造を深くしたことによりこのような大きな変化が現れたと考えられます。また、単結晶基板を用いると熱安定性が改善し、還元雰囲気で1000℃で保持しても安定であることが確認できました。 (研究成果(6)(8)(9)

図8 タングステン微細加工選択エミッタの熱放射スペクトル


ソーラーTPV発電システム

 TPV発電には様々な熱源を利用できることは先に述べましたが、当研究室では集中太陽光を熱源としたTPV発電システム(ソーラーTPV発電システム)の研究を行っています。

 現在、太陽エネルギーを電力に変える技術として最もポピュラーなものは太陽電池発電です。排出ガスを出さずに発電できる太陽電池発電は、環境負荷の小さい優れた発電方式と言えます。しかし問題もあります。従来の化石燃料を用いた発電方式と比べて発電効率が低いこと、コストが高いこと、夜間に発電ができないことなどです。太陽電池を広く普及させるためには、高効率化、低コスト化を実現する必要があります。

 太陽電池の効率が悪い原因は、光電変換セルの仕組みのところで説明したように、ちょうどよい波長の光でなければ起電力を発生できないことに依ります。太陽光のスペクトルと太陽電池として最も一般的なSi太陽電池の感度スペクトルを図9に示します。

図9 太陽光のスペクトルとシリコン太陽電池の感度スペクトル

 図を見て分かるように、太陽光スペクトルのピークと太陽電池の感度のピークにずれがあります。しかも、図には表れていませんが、太陽光のスペクトルは紫外線から赤外線まで広く分布しています。したがって、太陽電池に入射した太陽光のうちの一部しか発電に寄与していないことになります。これが太陽電池発電の効率が低い原因です。

 太陽光を一度集光して太陽エネルギーを全て熱エネルギーに変換し、これをTPV発電システムに与えて発電すれば、太陽エネルギーをより高い効率で利用できることが期待されます。本研究室では、回転放物面鏡により集光・高密度化した太陽エネルギーを、真空チャンバー内に収めたTPV発電システムに与えて電力を得るシステムを試作し、実験を行っています。(研究成果(4))

図10 回転放物面鏡(直径1.6m)とSTPVチャンバ


研究成果

(1) H. Sai, H. Yugami, K. Nakamura, N. Nakagawa, H. Ohtsubo, and S. Maruyama, Selective Emission of Al2O3/Er3Al5O12 Eutectic Composite for Thermophotovoltaic Generation of Electricity, Japanese Journal of Applied Physic, Vol. 39, Part1 (2000), 1957-1961.

(2) 湯上 浩雄, 斎 均, 熱光起電力発電用希土類ドープ選択エミッター, セラミックス Vol. 35 (2000), 481-483.

(3) H. Sai, H. Yugami, Y. Akiyama, Y. Kanamori, and K. HANE, Surface Microstructured Selective Emitters for TPV Systems, Proc. 28th IEEE Photovoltaic Specialists Conference, Alaska, 2000 (IEEE), 1016-1019 (2001).

(4) H. Yugami, H. Sai, Y. Akiyama, and K. Nakamura, Solar Thermophotovoltaic Using Al2O3/Er3Al5O12 Eutectic Composite Selective Emitter, Proc. 28th IEEE Photovoltaic Specialists Conference, Alaska, USA, 2000 (IEEE), 1214-1217 (2001).

(5) H. Sai, H. Yugami, Y Akiyama, Y. Kanamori, and K. Hane, Spectral control of thermal emission by periodic microstructured surfaces in nea-infrared region, Journal of the Optical Society of America A, Vol. 78, No.2 (2001), 1471-1476.

(6) H. Sai, Y. Kanamori, and H. Yugami, Spectrally selective emitters with deep rectangular cavities fabricated with fast atom beam etching, Proc. 5th Conference on Thermophotovoltaic Generation of Electricity (TPV5), September 15-19, 2002, Rome, ITALY, edited by T.J. Coutts, G. Guazzoni, and J. Luther, pp.155-163 (2003).

(7) H. Yugami, K. Kobayashi, H. Sai, Y. Kanamori, and K. Hane, Broadband antireflection for GaSb by means of subwavelength grating (SWG) structures, Proc. 5th Conference on Thermophotovoltaic Generation of Electricity (TPV5), September 15-19, 2002, Rome, ITALY, edited by T.J. Coutts, G. Guazzoni, and J. Luther, pp.482-487 (2003).

(8) Hitoshi Sai, Yoshiaki Kanamori and Hiroo Yugami, High-temperature resistive surface grating for spectral control of thermal radiation, Applied Physics Letters, Vol.82, No.11, 1685-1687 (2003).

(9) Hitoshi Sai, Hiroo Yugami, Yoshiaki Kanamori, and Kazuhiro Hane, Spectrally selective thermal radiators and absorbers with periodic microstructured surface for high temperature applications, Microscale Thermophysical Engineering, accepted on October 7, 2002, in press.